遺産分割の落とし穴
2021.06.10
相続においての遺産分割では予想もしていなかった思いがけない結果が出てくることが少なからずあります。
今回は、思いがけない結果が生まれた遺産分割の事例を一つご紹介します。
事例紹介
ある病院にご勤務していた医師のAさんには、専業主婦の妻Bさんがいました。また、お二人の間に子供はいませんでした。
AさんとBさんは夫婦仲睦まじく2人で暮らしていましたが、Aさんは病院勤めの激務から心の病を患ってしまいました。
Aさんの病は治っては再発を繰り返し仕事も休みがちとなってしまってましたので、ご本人も相当苦しんでおられたそうです。そこでAさんは自分自身に不安を持ち妻Bさんのために遺言を作成することにしたそうです。
Aさんが遺言を作成する決断をしたのは、「自分がいなくなってしまったら財産は全て妻Bに残したい」という想いからです。ですので、Aさんは「自分の財産は全て妻Bに相続させる」という内容の遺言を作成したそうです。
そして遺言を作成してから数年後、Aさんは突然お亡くなりになってしまいました。当然、数年前に作成した遺言がこの相続で生きてくるわけですが、ここで問題になるのは「遺留分」という相続人が主張したら絶対に遺産を貰える権利です。「遺留分」は相続の遺産分割において非常に大事な権利です。くわしく知りたい方はこちらをご参照ください→ 「遺留分について」
ここで一度この事例の相続人を整理してみます。
Aさんには奥様がいて、お子様はいませんでした。
子供のいない場合の相続は、①「配偶者と親」が相続人となります。もし親がいなかったら、②「配偶者と兄弟(相続人の)」が相続人となります。相続順位についてはこちらをご参照ください。→ 「相続人の範囲と法定相続分(国税庁)」
Aさんのご両親はご健在でしたので、このケースの相続人は①の配偶者と親となります。つまり妻Bさんと、Aさんのご両親CさんDさんの3人が相続人ということになります。そして上述の「遺留分」という権利は、兄弟には与えられていないのですが親には与えられています。ということは、今ケースは相続人の両親CさんDさんに「遺留分」があることになります。
さて、実際にこの相続で何が起きたのかを見てみましょう。
Aさんは公正証書遺言を作成していましたので、最初に奥様が遺言の内容を見ました。内容は先にも記述しましたように「遺産は全て妻に相続させる」といったものです。遺産は自宅のマンションと現金・有価証券等合わせて1億5千万円ほどです。
妻Bさんは悩みました。Bさんは専業主婦で20年以上働いていませんでした。ですので今後の生活費等を考えると遺産全てを貰えるのはありがたい。でも夫の両親には「遺留分」があるのも聞いているし、気持ち的にも夫の両親に遺産を全く渡さないというのは申し訳ない。でも夫は全てを私に残すと言ってくれた。夫の気持ちもしっかりと受け止めていきたい。悩んだ末にBさんは「やはり、いくらかはご両親にお支払しよう」と心の中で決め、夫が遺した公正証書遺言を持って夫のご両親に会いに行きました。
さて遺言を読んだご両親の反応はどうだったでしょうか?
義母Dさんは黙っていましたが、義父Cさんは公正証書遺言を投げ捨て
「息子の金は全部俺のものだ!」
と言ったそうです。
義父の行動に妻Bさんは大きなショックを受けたそうです。話し合いをする雰囲気も全く無く、Bさんは公正証書遺言を拾い、泣く泣く家に帰ったそうです。
家に着いた奥様は義父が言った言葉に悲しさと怒りが込み上げてきたそうです。そして、いくらか支払おうと思っていたお金も支払うのがバカバカしく思えてきたそうです。
その後Bさんは義理の親C・Dから何か話があるだろうと思い、ずっと待っていたそうですが何のアクションも無く月日が経過していったそうです。
そして相続開始から8カ月が経過しました。
相続の手続きは相続開始から10か月以内に行わなければいけないため、Bさんは専門の税理士さんに依頼して申告書を提出することにしました。Bさんは夫の遺言が「妻に遺産を全部相続させる」という内容であったことと、以前の出来事から義理の父と話をしたくなかったこと、義理の親が数カ月何も言ってこなかったことを鑑みて一人で申告して手続きを終了させました。もし義理の父親が何か言ってきたらお金を支払う覚悟をしながら。
この時Bさんは淡い希望を抱いていました。それは、「義理の父が何も言ってこないのは、あの時は突然で感情的になったけど反省して息子の遺言通りにしよう」と思ってくれたのではないかということです。
しかし、この淡い希望は儚くも崩れ落ちることになるのです。
ある時、義理の父から内容証明郵便が届きます。
郵便の内容は、「私の知らないところで何故相続の手続きが終わっているのか?」といったものです。Bさんはびっくりしました。なぜ義理の父Cが相続手続きが完了したことを知っているのか分からなかったからです。
実は、Bさんが相続税申告をした後に税務署から義理の親CさんDさんに、相続手続きが完了した旨の通知が届いたのだそうです。この通知に義父Cが刺激され内容証明郵便を出したわけです。
内容証明郵便を送られたBさんは最初慌てましたが、すぐに冷静になり「何も悪いことをしてないのだから、ありのままを説明しよう」と返事を出す準備を始めました。
しかし最初の内容証明郵便が届いてから5日後に「遺留分減殺請求」の郵便が届くことになるのです。最初の郵便に対する返事を出すヒマもなく次の書面が届いたわけです。しかも義父Cさんの妻Dさんの「遺留分減殺請求」のおまけつきです。Dさんはこの時重度のうつ病を患って判断能力が乏しい状態だったそうですが電光石火の動きを見せたわけです。
※「遺留分減殺請求」は現在「遺留分侵害額請求」に変わっています。
さて、こうなってきますと泥沼です。
お互いが会うこともなく(会いたくもなくなる状態ですが)、弁護士を立てて、Aさんの遺産の価値を改めて評価し遺留分がいくらかを算定していくことになります。お互いが折り合いの付く遺産価値が算定できたら、BさんがCさんDさんに遺留分を支払い騒動は終了となります。
今回のケースも当然今は収まっているわけですが、後味の悪い相続となってしまいました。このような事にならないようにAさんが遺言を作成したにもかかわらずです。
考察
さて今回見てきましたケースで、なぜ後味の悪い結果になってしまったかを考えてみましょう。
Aさんは、自分に何かあったら全ての財産を奥様に渡したいと考えていました。ゆえに公正証書遺言を作成して万全を期したわけですが、Aさん自身が親よりも先に死んでしまうとは思っていなかったでしょう。しかし今ケースではAさんが先にこの世を去ってしまいました。今回問題になった遺留分は親にはあり、兄弟にはありません。つまり一般的な順番通りで親が先に往生していれば、兄弟に遺留分がありませんので問題は生じなかったはずです。
ここでは相続対策を考える際、色々なケースを想定していかなければならないことが見えてきます。
次に、自分の親がまさかこの様な行動を取るとはAさんが予測できなかったことが見えてきます。もしくはこんな事を想像したくもないかもしれません。
ここで見えてくる事は、身内といえどもお金が絡んでくると良心だけで行動する訳ではないということです。相続対策は人の心も深く考えなければいけないという事です。
最後に、税務署が法定相続人に相続手続き完了の通知を出すと知らなかったことも揉めた要因となるでしょう。
Bさんは義理のご両親に遺産の一部を渡すことは拒んでいませんでした。しかし義父の遺言に対する態度に怒りと悲しみが生じ、極力少なく渡したいと思うようになりました。よって遺留分の時効である一年が経過したら気持ちとしてある程度の遺留分よりは少ないお金を義父母に渡そうと考えていたようです。しかし相続手続きが完了したことを税務署より知らされた義父の行動で残念な事象が生じてしまいました。行政機関に悪気はないと思いますが機械的に処理をしていくことも頭に入れておかなければいけないのでしょう。
まとめ
最後に相続対策を考えるにあたり、今回見てきましたケースから見えてくる教訓が以下の3つありますので見てみましょう。
①相続対策を考えるには、想像力を働かせなければならないと心得よ!
今回のように親が先に死んで後に子供が死ぬという先入観だけで考えなければいけないということです。死を迎える順番は決まっていませんし、相続人の周りの人間が口を出してくることもあります。色々なケースをそうぞしなければなりません。
②お金が絡むと人間が変わってしまう人は少なくないと心得よ!
自分の親や子供たちは絶対にお金に目がくらまない、なんてことは無いと心得て相続対策を考えましょう。人間お金に困っている状況だったりしますとなおさらです。法律上の権利等をしっかりと把握し相続人たちの真情も考えて相続対策を考えていく必要があります。
③行政機関は機械的に動くと心得よ!
国の機関は一つ一つの事例をよく見て対応してくれるわけではありません。機械的に処理していくのです。これを頭に入れて自己防衛していきましょう。
以上を踏まえて、家族の笑顔をつなげていける相続にしましょう。
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