医療法人の事業承継~認定医療法人制度を選択するべきかどうか~
2020.05.06
戦後にクリニック(診療所)を開設してきた多くの医師たちが高齢となり、次世代への承継が問題化して久しくなってきました。
クリニックの運営には、「医療法人」の形態と、「個人事業」の形態で行うものがあります。
「個人事業」の形態の事業承継は、個人の相続に準じていくことになります。個人事業のクリニック自体の継承は無く、閉院してから改めて新規に開院するということになります。
ですので、ここでは「医療法人」の事業承継にスポットを当ててお話ししていきます。
医療法人の歴史
1949年の医療法改正により、1950年8月から医療法人制度が施行されました。
医療法人制度創設の趣旨は、「私人による病院経営の困難を、医療事業の経営主体に対し、法人格取得の途を拓き、集金集積の方途を容易に講ぜしめること等により、緩和せんとするものであること」とあり、病院等の経営や運営上の困難を解消する目的としたものでした。
当初の医療法人は開設要件として、医師、歯科医師が常時3人以上勤務しているという条件を満たす必要がありました。
しかし1986年施行の第1次医療法改正により、診療所経営の近代化のため1人または2人の常勤医師でも医療法人の開設が認められるようになりました。このことにより、個人開業のクリニック(診療所)でも医療法人開設が可能となり、医療法人件数が大幅に増加しました。
医療法人は、公益性の強い団体である解釈ながら、医療法人内に蓄積されていく利益は出資者に帰属するという性質を持っていました。
これがいわゆる「出資持分」というもので、医療法人開設時に出資金を開設者等が出資します。この出資した割合が「出資持分」です。そして医療法人も普通法人と同様に、蓄積された利益が出資者に帰属するという性格でしたので、出資金は1,000万円だけど、利益が蓄積されて「出資持分」の価値は5億円という現象も頻発してきたのです。つまり、このケースだと出資者は5億円を受け取れる権利が発生しているのです。これを「払戻請求権」といいます。
そこで、2007年施行の第5次医療法改正で、医療法人解散時の残余財産の帰属先の制限や、社会医療法人の創設、自己資本比率による資産条件の廃止等が決められました。
この時に以下のような医療法人社団の類型となりました。
〇持分の定めのない医療法人
・持分の定めのない法人
・社会医療法人
・特定医療法人
〇持分の定めのある医療法人
・持分の定めのある医療法人
・出資限度額法人(社員の退社及び残余財産の分配にあたりその出資額を払い戻し限度額としたものであって、持分が無いわけではない)
以降、「持分の定めのある医療法人」は設立できなくなり、既存の「持分の定めのある医療法人は、いずれ持分の定めのない医療法人になる予定の「経過措置型医療法人」と位置付けられました。
2014年には「持分なしの医療法人」への移行促進策として、「認定医療法人」制度がスタートし、医療法人の出資持分放棄を促してきました。(2017年9月まで)
しかしながら、この制度は一定の条件をクリアしないと、出資持分放棄時に医療法人が贈与税を課税されるもので、クリアできる一定の条件が厳しいものであったこともあり、ほとんど制度利用されませんでした。
そこで、2017年9月に上記認定医療法人の期限が来る際に、要件を緩和して制度がさらに3年間継続されることとなりました。(2020年9月まで)
認定医療法人の運営に関する要件と緩和部分は以下の通りです。
(①~⑧は現存する要件で、×印が緩和された部分)
①法人関係者に対し、特別の利益を与えないこと
②役員に対する役員報酬等が不当に高額にならないような支給基準を定めていること
③株式会社に対し、特別の利益を与えないこと
④遊休財産額は事業にかかる費用の額を超えないこと
⑤法令に違反する事実、帳簿書類の隠蔽等の事実その他公益に反する事実がないこと
⑥社会保険診療等(介護、助産、予防接種含む)に係る収入金額が全収入金額の80%を超える事
⑦自費患者に対し請求する金額が、社会保険診療報酬と同一の基準によること
⑧医業収入が医業費用の150%以内であること
×役員数(理事6人、監事2人以上)
×病院、診療所の名称が医療連携体制を担うものとして医療計画に記載
×役員等のうち親族・特殊の関係があるものが3分の1以下であること
×他の同一の団体関係者が理事の3分の1以下
×他の団体の意思決定可能な株式等を保有しない
この条件緩和は影響が大きく、特に役員等の親族との割合要件が削除されたのは大きいと思います。
では、医療法人の「出資持分」を放棄させたい理由は何でしょうか?
医療法人の出資持分の問題点
そもそも医療法人は公益性の強い団体で、本来は利益を追求する団体ではないのに、医療法人内に蓄積されていく利益が出資者に帰属するという性格があることが問題なのでしょう。
なぜ医療法改正の際に、この点をケアしなかったのかは疑問です。しかし、そうなってしまっているので今後どうするかを考えるしかありません。
医療法人は、他の業種と比較して、ある程度高い収益を安定・継続的に得られる可能性が高くなっています。ということは、法人の中に利益が蓄積されやすい団体と言えるでしょう。さらに、医療法人は利益を配当で出すことは禁止されていますので、余計に利益が内部に蓄積されやすい性質となっています。
ですので上記「医療法人の歴史」の中にも記載しましたように、出資金1,000万円が5億円の価値に膨れ上がっていることも多々ある訳です。
では、出資持分が膨れ上がっていると、どんな問題があるのでしょうか。
本来は資産の価値が上がっているので喜ばしいことのはずです。
問題の重要ポイントは、出資持分の定めのある医療法人の出資持分に「払戻請求権」が付随されていることでしょう。
医療法人の出資持分「払戻請求権」とは、出資者が退職などの社員資格を喪失した場合に、出資持分を返してくださいと請求できる権利です。請求を受けた医療法人は必ず払戻しをしなければなりません。どのくらい払戻すのかといいますと、上記のように出資金は1,000万円ですが利益が蓄積して持分の価値が5億円に膨れ上がっていた場合は、5億円を払戻す必要があります。(出資限度額法人の場合、払戻額は1,000万円です)
こうなってしまいますと、その後の医療法人運営に支障を来してしまいます。
また、出資者が払戻請求はしませんでしたが、亡くなってしまった場合はどうなるのでしょうか。
この場合は、払戻請求権の価値が相続財産となります。ということは相続税課税の対象になってきます。
上記と同様のケースですと5億円が相続財産となり相続税課税されます。他の財産は考慮せず出資持分5億円に対しての相続税課税率は(50%-4200万円)です。計算しますと2億800万円の相続税となります。
現金ではない出資持分に対して、2億800万円円の相続税を現金で支払わなければいけませんので、納税は困難になってきます。
そうしますと、相続人が医療法人に対して払戻請求をして現金化して納税をする可能性が非常に高いと言えます。何にしろ医療法人は多額の払戻請求金を支払うことになり運営継続が困難になってしまいます。
そこで、出資者が出資持分を放棄してしまえば上記の問題が無くなるので、医療法人運営を継続しやすくできるというわけです。
そして、出資持分放棄をし易くするということで登場したのが「認定医療法人」ということです。
認定医療法人
「認定医療法人」とは、「持分の定めのある医療法人」が「持分の定めのない医療法人」へ移行促進する制度です。
この移行は、出資者が出資持分を放棄することと同義語であると考えていいでしょう。
実は、「出資持分の定めのある医療法人」が「出資持分の定めのない医療法人」へ移行するのは定款を少し変更するだけで出来てしまいます。
これだけで出資者は出資持分を放棄したことになります。ただし、この場合、医療法人が出資持分の払戻義務消失により贈与税課税が生じることになるのです。
ちなみに、5億円の出資持分が放棄された場合は単純計算で2億7100万円の贈与税がかかります。
そこで、「認定医療法人」制度を利用することにより、医療法人の贈与税課税義務を消失させることができます。
認定医療法人の認定要件(主なもの)は以下の通りです。
①移行計画が社員総会において議決されたものであること
②出資者等の十分な理解と検討のもとに移行計画が作成され、持分の放棄の見込みが確実と判断されること等、移行計画の有効性および適切性に疑義がないこと
③移行計画に記載された以降期限が3年を超えないものであること
④運営に関する要件(役員報酬等が不当に高額とならないような支給基準を定めていること、法人関係者に対して特別の利益を与えないこと等)を満たすこと
参考:厚生労働省
とあります。
つまり、「認定医療法人」となってから3年以内に出資持分を必ず放棄しなければいけません。
④の運営に関する要件とは、上記「医療法人の歴史」の項にある、認定医療法人の運営に関する要件項目8つです。
そして、放棄後6年間は毎年運営状況を厚生労働省へ報告する義務が生じ、運営に関する要件から外れる行為が発覚した場合は認定を取り消され、医療法人にみなし贈与税課税が課税されることになります。
「認定医療法人」のメリットとして、上記の贈与税免除に合わせて、放棄前に出資者に不測の事態が起き相続が発生しても相続税が猶予され、放棄後は相続税が免除されます。
「認定医療法人」制度を使うべきかどうか
「認定医療法人」制度は、条件が合い、しっかり使うことができれば良い制度だと思います。
しかし、運営の要件を満たしているかを6年間ウォッチされることになります。そして文言には、あいまいな表現もあり後でどう解釈するかがいかようにでもなる可能性があります。例えば、「特別の利益」「不当に高額な」といった言葉の解釈は一律ではありません。6年間のウォッチ期間中に適正な運営をしていないと判断されるリスクはあると言えます。
実は、「認定医療法人」制度を利用しなくても贈与税課税されないケースもあります。
相続税法第66条第4項、同施行令第33条第3項及び解釈通知に基づき、以下の要件に該当する場合には、贈与税非課税。(なお、税務当局の個別判断により課税されることがある)というものです。
この要件はいくつかあり全項目をクリアする必要がありますが、一人医療法人で一番ネックになる項目は「役員等のうち親族・特殊の関係がある者は1/3以下であること」という項目だと思います。通常、クリニックは同族で経営をしていることが多いので、この項目に強い抵抗を感じるのではないでしょうか。ただ、同族外の役員を迎えて、「認定医療法人」にならずに出資持分を放棄しても贈与税のかからない医療法人を目指す選択肢もあるのではないでしょうか。もちろん同族でない医療法人はこの方法を検討する価値は大きいでしょう。
また、贈与税を払って出資持分を放棄する方法や、放棄せずに相続する方法、医療法人売却(M&A)なども検討する必要があるかもしれません。
「出資持分}を放棄するということは、ある意味財産権を放棄することです。
医療法人事業承継は、専門家ともよく話し合い、ご自身にはどんな選択が一番合っているかをよく検討する必要があります。
エヌ・コンコード・コンサルティング株式会社はそのご検討のお手伝いをします。